質問
アルバイト先で、私に初めての後輩ができた。私は後輩ができたことが嬉しくて、何でも質問攻めにしてくる後輩が可愛くて、何でも答えていた。
「先輩、在庫の確認の仕方ってどうやるんですか?」
「先輩、これってどこにおけばいいですか?」
アルバイトを始めて半年の私からしたら当然知っていることなんだけど、答える度に元気よく「ありがとうございます!」とか「頼もしいです。」なんて言われて、やっぱり嬉しいし、新人の頃は右も左もわからなくて自分もこうやっていろいろ質問していたことを思い出す。
私がバイトを初めた頃は、先輩に質問をするときも迷惑じゃないだろうかとドキドキしながら質問をしていた。だけど、質問をされることってこんなに嬉しいことだったんだなあ、なんて思ったり、当時の私に「そんなにビクビクしなくていいよ。」なんてアドバイスしてあげたいな、なんて思ったりした。
初めて先輩になった私は、浮かれすぎて先輩面しないようにしないと、なんて思いつつもやっぱり浮かれていたんだなあと思う。
仕事中は相変わらず「これどこにやるんですか?」」とか「これの書き方って何でしたっけ?」とか新人らしい質問だけど、仕事終わりには少しづつプライベートの話なんかもするようになって、仲のいい後輩ができて良かった、なんて思ってた。
「今日、大学で解剖をしたんですよー。先輩、解剖したことありますか?」
「ええー?解剖なんて、したことないよー。私はそういうの怖くて無理!大学、そういう系なんだ?」
「・・・はい。まあ。」
――ん?何だろう?歯切れが悪い答え方だな。
「解剖とか怖くない?」
「楽しかったですよ。すごく。」
後輩は笑顔で答えてくれたのだが、なんとなくその笑顔を私は少し不気味に感じてしまった。
――ヤバ。可愛い後輩なのに、一瞬不気味とか思っちゃった。
一瞬不気味には思ったものの、その後はいつものように他愛もない雑談をしていつものように可愛い後輩として接する日々が続いていた。そんなある日のバイト終わり、また少し気になる出来事があった。
「今日はどこかへ出かけるんですか?もしかして、最近できたカフェですか?」
「あ、そうだよ。よくわかったね。」
「前に先輩、気になるって言ってたんで。」
――あれ?このカフェの話なんかしたっけ?まあ、したのかな?
なんて、このときにはあまり気にしなかった。
でもその日から少しずつ、質問内容がおかしくなっていくことに気がついた。
「先輩、昨日もしかして、またこないだのカフェ行きました?」
「え?行ったよ。・・・どうして?」
「いえ、なんとなく。どうですか?あのカフェ。僕はオススメのハンバーグよりドリアの方がなんとなく好きなんですよねえ。」
「・・・え?」
――その話って、私と優美が電話で話してたこと?・・・。
「・・・。僕、昔からドリアが好きなんですよねー。子供の頃からドリアがあるお店だとドリアばっか頼んじゃうんですよー。」
後輩はいつものように明るい笑顔で私に言った。
――なんだ、そういうことか。考えすぎだよねー。ちょっと疑っちゃった。恥ずかしい。
私はちょっと自意識過剰だったかなって、恥ずかしくなったと共に、可愛い後輩のことを疑ってしまって罪悪感も感じた。
「そっか。ドリア好きなんだー。私もハンバーグあのお店はハンバーグよりドリアが好きー。」
また別の日のバイト終わり、いつものように雑談をしていると、後輩がまた少し変わった質問をしてきた。
「先輩、今日靴下履いてますか?」
「え?履いてるよ。なんで?」
「いえ、ブーツだから・・・。」
――え?ブーツだと履いてないように見えるからってこと?なんか変な質問だな。
こないだから少し質問がおかしいような気がしていたし、なんとなく怖くなった私は早くこの場から離れたいと思いました。
「あ、あー、今日、急いでたんだ。ごめん、お先!」
そう私が言うと後輩は、あの少し不気味な笑顔でと言った。
「お疲れ様でした。」
逃げるようにしてバックヤードから出ると、暗い夜道を1人で歩くのが怖くなり、私は友人の優美に電話をかけた。
「もしもし、優美?」
「もしもしー。」
優美の明るい声に私はちょっとホッとする。
「今バイト終わったとこなんだー。」
「あ、そうなんだ。お疲れー。」
――どうしよう。後輩のこと優美に相談してみようか?でも、勘違いだったら悪すぎるしな。
「・・・。どうかした?」
「あ、ううん。あ、あーっと、お腹空いたー。」
私は、やっぱり相談するのはまたにしようと話題を切り替えた。
「あ、そういえばさあ、こないだ行ったカフェさ。」
私は優美にカフェの話題を出されギクリとする。
「あ、あの新しいとこ?」
「うん、あんたさ、あのカフェのオススメのハンバーグよりドリアが美味しいとか言ってたじゃない?あの後ネットで調べたら、実はドリアが密かに人気らしいよー。アンタの言ってたこともあながち的外れじゃなかったね。」
――え?あ、なんだ、そうだったんだ。あのカフェのドリアが好きなんて、そんなに変わったことじゃなかったのか。はあ、なんだ、良かった。
再び勝手な思い違いをしてしまった私は、またしても沸いてきた恥ずかしさと罪悪感をごまかすために少し大きめの声で言った。
「で、でしょー?ほらあ、やっぱ私の舌もなかなか悪くないんだってえ。」
「そんなにドヤることお?」
そんなことを話しながらすっかり安心した私は、優美と家に着くまで電話での会話を楽しんだ。
「あ、やば。私もう出る時間だ!じゃあ、また今度あのカフェ行こうね。私もドリア食べてみたいし。」
「うん、また行こう。・・・優美、ありがとね。」
「・・・?うん、じゃあねー。」
私は電話を切るとまた少し心細くなり、家路を急いだ。玄関まで来て鍵を開けようとすると、鍵が見当たらない。その時、後ろから聞き慣れた声がする。
「先輩!」
そう言われ振り返ると、そこには後輩が立っていた。私はお化けでも見たかのように息を飲んで驚いた。
「・・・!・・・なんで、こんなとこに。」
私の家の前だ。この辺りには買い物をするような場所も遊ぶような場所もない。
――なんでこんなところに。
鍵が見つからず焦る気持ちも相まって、私はかなり恐怖を感じていた。
すると後輩はあの笑顔で言う。
「先輩、帰りに先輩これ落としませんでした?」
チャリという音を立て後輩が見せたのは、私の家の鍵だった。
「・・・え、うそ。ど、どこに落ちてた・・・?」
私は後輩に怖々と聞いた。
――いつ落としたんだろう?
私は鍵をバッグのポーチの中に財布などと一緒に入れている。今日はバイト先で何も買っていないし、ポーチを開けた覚えはないのに。
後輩は笑顔を崩さないまま質問する。
「どこだと思います?」
私は引きつる顔をごまかすこともできず答えた。
「え?私が聞いてるんだけど・・・。」
すると、後輩はあはは、と声を立てて笑いながら言った。
「やだなあ、先輩。そんな犯人を見るような顔しないでくださいよー。先輩のこと追いかけて走ってきたんですよー?先輩が帰っちゃってからしばらくして帰ろうとして気がついたんです。これがレジ横に落ちてるの。・・・先輩、今日来たとき店長に何か渡してませんでした?その時にでも落としたんじゃないですか?」
――あ、そうだ。今日来たとき店長にチケット渡したんだった。その時落としたのか。・・・また疑っちゃった。私最悪じゃん。
「あー、そうだった。そっか。ありがとう、ごめんね、なんか疑っちゃって。」
「いえ、全然いいんですよ。気にしないでください。あ、もうこんな時間だ。お腹空くはずだー。じゃあ、帰ります!また次のバイトでよろしくお願いします。」
そう言う後輩はいつもの明るい笑顔に戻っていた。私はすっかり安心すると、急に自分が嫌悪感を露わにしたことが恥ずかしくなった。
「・・・あ、ねえ、お詫びって言ったらなんだけど、良かったらちょっと寄ってく?私もごはんまだだし、簡単だけど、ご飯作るよ。」
「え・・・。でも急にいいんですか?」
「うん、届けてくれた分ごはん遅くなっちゃったよね。それに、疑っちゃって・・・。」
私はバツが悪くなんとなく顔を上げないで言う。
「・・・じゃあ。お邪魔します。」
遠慮がちにそういう後輩に、私は今まで疑いの気持ちを持っていたことをとても申し訳なく思うと同時に、やはり可愛い後輩は可愛い後輩だったことに安心した。
部屋に入ると、私は適当に座るよう促した。
「遠慮せずその辺に適当に座ってね。何か嫌いなものとかある?」
「苦手なものはそんなにないです。・・・あ、手伝いますね。」
「え?いーよいーよ。お礼なんだから。」
――それに、疑ってたお詫びだし・・・。
「いや、でも突然来ちゃいましたし。それに、包丁使いには結構自信があるんです。」
後輩が笑顔で言うので、私は結局お言葉に甘えることにした。
「ごめんね。急だったからたいしたものがないけど、オムライスとスープぐらいなら作れそうかな。・・・あれ?お塩がほとんどないや。ごめん、ストックがあると思うから、ちょっと見てくる。」
「あ、じゃあ材料切っておきますね。」
「ありがとう。よろしく。」
そう言って私はお塩の買い置きがあるはずの棚を探す。
――よかった。全然普通だ。ていうか、むしろお礼なのに手伝ってくれるしいい人だよね。そんな後輩を疑うなんて、ホントに嫌なやつだったなあ、私。自分が鍵落としてそれを「どこに落ちてた?」なんて聞いちゃって。疑ってる感出ちゃってたよね。恥ずかしい。
先程のことを思い返して、ふと、おかしい点があることに気づく。
――あれ?ちょっと待って・・・。
確かにバイトに来たときに店長にチケットを渡した。
私はその時のことをよく思い出す。
いつもはポーチの中にチケットなどを入れるが、今日は店長に渡し忘れないようにと、ポーチにしまい込まず鞄を開けたら見える場所にクリアファイルに入れて持ってきたのだった。
――あの時、私ポーチを開けてない。
私は背中にゾクリと寒気を感じる。
――え?じゃあやっぱりあの辺に鍵なんか落ちるわけないじゃない。
ということは、後輩は絶対に嘘をついている。
キシッ・・・。
私は思い返すのに没頭していたが微かに床板が軋む音で我に返る。
――え?う、後ろに・・・?
「ねえ、先輩。」
すぐ真後ろにいつの間にかいた後輩の声にビクリと全身が一瞬跳ねる。私は驚いて声も出せにない。
「先輩、包丁って解剖に適すんですかね?」
「え・・・?」
恐怖で激しく動悸が鳴る。怖々振り返ると、あの笑顔浮かべた後輩が先程渡した包丁を手に私の真後ろに立っていた。
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