少年彩里水の不思議冒険譚 -不思議の国の入り口50-
50 従業員棟へ
彩里水の上方ではスペードの3は届きもしないのに壊れた玩具のように白兎に向かって手を伸ばし続けている。
――やっぱり。人間だったら縄を掴んで追いかけてくるなりするだろうけど、そんなことも考えつかないぐらい命令通りのことしかできなんだ、トランプの3は。とにかく、ラープンさんのお陰で逃げ切れそうだ。急がなきゃ。
白兎がスペードの3は追って来ることができないと安心した次の瞬間、スペードの3の体がぐらりと傾いた。
――落ちてくる!!
白兎は目を見開き、反射的に身を固くし縄をギュッと両手で掴む。
そのままトランプの3は白兎の上に落ちてくる。
しかしその身は想像より遙かに軽く、白兎巻き込んで落ちてしまうほどの重さもなければ、トランプの3にとっても落ちることは予想外だったのか白兎を掴もうとした形のまま下へ落ちていった。
もうあと少しで地上に着くというところで、横を通り過ぎていった何かを確認するため彩里水は恐る恐る下を覗き込む。
そこにいた、いや、あったのはトランプ1枚だ。
――え?
落ちてきたのが白兎ではなかったことに安心したが、ヒュッというあの音はトランプたった1枚とは到底思えないぐらいの質量感があった。
だが、実際落ちているのは紛れもなくトランプ1枚。
彩里水は、上方に白兎がいるため飛び降りるのをやめスルスルと下まで降りる。
確認するとやはり落ちているのはトランプのスペードの3だった。
彩里水はトランプを拾いあげ、白兎が降りてくるのを待つ。
先程まで、辺りは薄暗く遠くの方に白く太陽の光を確認しただけだった。
今は、昨日とは違い桃色の太陽が寝ぼけ眼でそれでいて優しい顔を見せながら、顔の半分も出し切らない高さに登っており、辺りは淡い優しい桃色の光が闇を癒やすように刻々と広がっていた。
白兎はバッと縄から飛び降りると間髪を入れず彩里水に告げる。
「とにかく走って従業員棟に行って従業員に紛れよう!スペードの3は追ってきたけどハートの3は階段を降りていったんだ!」
その言葉で、ハートの3は誰かに報告をしに行ったのだ理解した彩里水は、ポケットにいるキップ、クップ、それに白兎のポケットにキャンドーを確認すると一番近い従業員棟の入り口まで走った。
幸い、従業員棟の入り口は塔のすぐ目の前だった。
追っ手の気配も今のところまだない。
2人は従業員棟の中飛び込むようになだれ込んだ。
従業員棟のエントランスに入ると、一息ついた彩里水と白兎。
「従業員に紛れるって言ってもどうしたらいいんだろ?」
彩里水はキップとクップに尋ねる。
「基本的にはみんな物型なんですが、もちろん人型もいます。お2人は人型の何かに扮装してください。ぱっと見が純人型に見えるのは逆に目立ってしまいます。」
「それとぉ、ここから先は下手に走ったりしない方がいいと思いますー。仕事をしている人は走ってはいないですからー。」
「だな!でも扮装ってどうすればいいんだろ?」
白兎も尋ねる。
「この従業員棟にはお2人のように純型に近い形の者はいませんので、できる限り純人型に見えないようにしてほしいのです。」
「・・・と言うと?」
「例えば猫のような耳があるとか尻尾があるとかですー。純型に近い形の者は能力も高いので従業員棟にはおりません。」
「ね、・・・猫耳つけろってか。でも、そんなの都合良くある!?」
白兎は頭に手をやる仕草をしながら尋ねるともなく尋ねる。
従業員棟のエントランスは、郵便受けや宅配ボックスのような者がある以外は何もない。管理人室もあるようだが、今は人がいなかった。
「この奥には従業員の下足入れやランドリーがあると思います!建物は日によって形を変えることもあるんですが、とにかく庭園に一番近い出口を出ましょう。案内板が必ず出ています。紛れることさえできればこの中を通り抜けるのが一番安全でスムーズです。」
「ほうほう、今はこんなに新しくなってるんですねえ、従業員棟も・・・。」
キャンドーが懐かしそうに呟いた。
――え?今、建物が日によって形を変えるって言ったよね?それはスルーの方向でいいのかな・・・。不思議の国の非常識さが彩里水の次に怖いわ!
白兎は引っかかった言葉を呑み込んで皆と共に先を急いだ。
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