この驟雨に打たれて-最終話-

結菜の部屋。


玄関を開け結菜は私を部屋に招き入れてくれた。



――よかった、門前払いされなくて。



「お茶、持ってくる。」


そう言いながら部屋を出ようとする結菜の手を、昨日とは逆に私が掴む。


「あ、待って。いいの。あの、あの!・・・き、昨日はごめん!」


思い切って言葉を吐き出した私を結菜は驚いたような顔で見ていた。スッと元の表情に戻ると口を開く。


「・・・うん。私も今日の態度はなかったね。ごめん。でも・・・昨日言ったことは謝らない。」


「うん。わかってる。私かっこ悪すぎた。いつもかっこ悪い。さっき、料理部でもボーッとして手切っちゃって、保健室の帰りにバレー部の練習覗いてみたの。」


「手を?大丈夫?」


「うん。それはたいしたことなかったから。」


「そっか。」


「うん。それでね、行ったら、先輩たちいなかった。」


「・・・うん。」


「でも、相羽くんは多分主将で、先頭に立って練習してた。昨日は悔し泣きしてて、私より全然辛かったはずなのに、今日はもう前を向いてた。」


「うん。」


「それで私、結菜と話さないとって思って。」


「うん。」


「私・・・。私、先輩にカップケーキ渡す!」


視線を落として私の話を聞いてくれていた結菜はその言葉を聞いてパッと顔をあげる。


「うん。」


「自分のこと、かっこ悪いとか情けないとかすぐに思っちゃうし、できないとか怖いとかそんなことばっかりすぐ思っちゃう。でも、もうそう思うのやめる・・・。そう思う癖を直したいって思ってる。たくさんみんなに勇気もらった。だからちゃんと自分も自分のこと信じられる自分になる。・・・そりゃ、すぐにはそうできないと思うけど、でもなるべく。」


語尾がだんだん小さくなっていった私に結菜はクスッと笑う。

結菜の顔を見上げると、結菜の目には少し涙が浮かんでいた。


「結菜。・・・泣いてる?」


「・・・は?泣いてないし!」


そう言いながら結菜はさりげなく目尻を拭う。


「えー?」


「ただ、ちゃんと決意できたんだって思って。・・・莉花はそういうとこがすごいんだよ。」


「・・・うん。ありがとう、結菜。」


「じゃ、作る?カップケーキ。」


「え?今?」


「うん。善は急げでしょ。それに、莉花のことだからまた決意してから何日も経っちゃうかもしれないし。早くしないと部活も終わったし先輩たちもう受験だよ?」


「そう言えば、先輩たちは進学するのかな?」


「・・・さあ?まあ、とにかく!作りにキッチン行こう!」


結菜に文字通り背中を押されながら結菜の家のキッチンへ向かった。


カップケーキを作りながら結菜と立てた作戦はこうだ。


渡すのはいつどこで、という問題があった。

先輩のクラスは知っているけど、先輩のクラスに行って呼び出すなんて恐ろしい。

いくら勇気を出すって言ってもそれはハードルが高い。

かといって、もう放課後に練習には参加しないから体育館で会うこともできない。

2人で案を出すが、先輩に会える機会がとても減ってしまったのだということを実感した。


「じゃあさ、先輩は自転車通学みたいだから、多分1人で登下校してるっぽいよね。だから、自転車置き場で待ち構えるってのはどうかな?」


私は結菜に提案してみる。


「んー。一番良いかもね。でも、先輩が先に帰っちゃってたらどうすんの?ずっと待ちぼうけじゃん。」


「まあ、何度かチャレンジするよ。私は放課後になったらダッシュで自転車置き場に行くから、結菜、先輩たちの教室に行ってみて先輩たちのクラスの人たちが帰っちゃったあとかどうか確かめてくれない?」


私は手を合わせお願いポーズを取る。


「何度かって言っても、もしかしてその間また私にカップケーキ食べさせる気?」


「だってー・・・。今回は勇気がなくて渡せないんじゃないからいいでしょ?お願い!」


「ちょっとー、なんかあざとさが増したんじゃない?」


「そんなことないよー。」



――良かった。結菜と仲直りできた。もしあのままずるずると話しないままになっちゃったらと思うとそっちの方がよっぽど怖い。・・・そうだ。もし先輩とこのまま話もせず会えないまま卒業しちゃったら、その方がよっぽどあとで後悔するよ、私。結菜やバレー部のみんなに気付かせてもらったんだ。



       *             *             * 




カップケーキを持って、私は放課後の自転車置き場にいた。



――よく考えたら結菜が先輩の教室に行っちゃってるって事はここに先輩が来たら1人で話しかけるって事だー!ううう、失敗したかもー。声かけられるかな、なんて声かけよう・・・。



1人で悶々と考えながら先輩を待っていると、後ろから声がする。振り返らなくてもわかる。


「あれ、今野さん。」


牧野先輩だ。


振り返って確信する。


「ま、牧野先輩。」


「よ!どうしたの?こんなとこで。自転車通学に変えたの?」


「あ、いえ、えっと。・・・せ、先輩を待ってたんです!」


「え?オレを?」


「は、はい!あの、その・・・。あ、あの、カップケーキを!渡そうと思って!」


目を瞑って、手に持っていたカップケーキを勢いよく先輩に差し出す。


反応がない。


恐る恐る目を開けると、そこには困った顔をした先輩が立っている。



――わぁ!またやっちゃった!そりゃそうだよ!なんで急にカップケーキ渡しちゃったの?なんか前置きとかあるじゃん!この間の試合の時の時の、とかなんとか・・・。



「あの!あの!こないだの試合の!」


「あ、うん。そうだよね。約束、守れなくてごめん。」


先輩の意外な言葉に私は黙る。


「優勝どころか、決勝にも行けなくて。・・・かっこ悪いよな、オレ。」


「・・・。」


「絶対優勝するって言って、決勝でカップケーキもらう約束したのにな。もしかして、当日持ってきてくれてた?」


「あ、はい。でも私渡せなくて・・・。ごめんなさい。」


「いや、そりゃかっこ悪いもん、オレ。しょうがないよ。」


「せ!先輩は!かっこ悪くなんてないです!い、いつも!こないだの試合のあとだって!」


「・・・え?」


ガタッ


物音に私が振り返ると、自転車を取りに来た生徒だった。こちらの様子をチラチラと見ている。



――う、気まずい。


「・・・あ、今野さん、駅行くの?」


自転車を取りに来た生徒の様子を窺っていると先輩に聞かれる。


「え?」


「送るよ。駅に行きながら話そうか。」


「あ、でも、先輩は違う方向じゃ・・・。」


「いいのいいの。それに、それ作ってきてくれたんでしょ?カップケーキ。」


先輩は私が手に持っているカップケーキを指さして言う。


「あ。・・・はい。じゃあ、あの・・・ありがとうございます。」


私はぺこりとお辞儀をすると、自転車を引く先輩の横を歩き始めた。


「ありがとう、カップケーキ。もうもらえないと思ってた。」


先輩は冗談交じりに言った。


「あの、あの日、試合の作って持って行ってたんです。でも、私渡すの怖くなって渡せなくて・・・。結菜にも渡しなって叱られたんです。でも無理って言って、結菜ともケンカになっちゃって・・・。」


「・・・え?まじ?何か悪いことしたね。」


先輩は少し驚いた顔をして私を見る。


「いいえ。私が不甲斐ないだけです。」


私は小さく深呼吸をし、意を決して思いを吐き出す。


「先輩、あの日とっても格好良かったです。あの日、試合が終わったあとの先輩は、私が見てきた先輩の中で一番格好良かったんです。そうやって思ってるのに何でちゃんと伝えないのって結菜に言われたんです。でも、どんな顔して先輩に会って良いかわからなくて、私、先輩たちが、バレー部のみんながたくさん練習して、私なんかよりずっと優勝を悲願にしてるはずなのに、簡単に決勝に行くときに挙げますなんて言っちゃったことすごく後悔して・・・。そう思ってるうちにどんどん怖くなっていっちゃって。」


「・・・そうだったんだ。」


「はい。それで昨日は結菜が口きいてくれなくて。なんだかどんよりしちゃって部活で指まで切っちゃって。」


「マジ?大丈夫?」


「あ、はい。ケガ自体は全然なんですけど、私どんどん自己嫌悪になっちゃって・・・。そしたら保健室行く途中、体育館からバレー部の練習している声が聞こえてきて。それで保健室からの帰りにバレー部を少しだけ覗いてみたんです。部活もうやってるのかなって。そしたら相羽くんを筆頭にみんなが練習してて。・・・なんていうか、先輩たちはいないけどいつも通りって言うか。昨日あんなに悔しそうだったのにもう前を向いてるなって。強いなって力がもらえたんです。」


「・・・そっか。・・・てか、あいつらー。昨日は部活休めって言ったのに。結局やったんだなー。」


「あ、あれ?あ、言っちゃダメなやつでした?」


「あ、いや。まあ、アイツら全然言うこと聞かないし、多分、バレーやってる方が気が落ち着くんじゃないかな。」


「な、なるほど。でも、私、本当にたくさん、バレー部のみんなに元気もらってきたんです。私が一方的に見てるだけではあるんですが、いつも練習も試合も一生懸命で楽しそうで。悔しかったりきつかったりすることの方が多そうなのに、なんだかいつもひたむきでカッコいいなあって。」


私はもう一度さっきより少し深く深呼吸して続けた。


「私・・・。私、本当は先輩に言われたからバレー部の練習見に行き始めたんじゃないんです。」


「え?」


「本当は、先輩にあの土砂降りの時に会う前からいつも見に行ってたんです。・・・だから、先輩のことも知ってました。」


「え。え?・・・そうだったんだ。」


「はい。私、料理部で部長をやってるんですけど、部長を引き受けたのも、実は先輩たちを見て自分もがんばろうって力をもらってたからだったりするんです。」


私は照れ隠しに少し笑いながら先輩に伝える。


「・・・へへへ。本当に、先輩たちにはいっつも一方的にお世話になってばっかりで・・・。」


「そんなことないよ。」


「え?」


「そんなことない。オレたちも、応援してくれたり陰で支えてくる人がいるから部活がやれるし、がんばれる。オレたちが部活をやる場所、練習する相手、一緒にチームを組んでくれるやつ・・・。いろんな人がいるからできる。両親始めとして多くの人に助けてもらってる。応援してくれる人がいると、全然知らない人でも本当に嬉しいんだ。」


「そ、そうですか。・・・そうですよね。」


先輩の想いを聞いて私は自然と笑みが零れた。


「うん。それに・・・。それに、今野さんに格好いいって言ってもらえると、チョーテンション上がるよ!ありがとう!」


先輩があのいつもの眩しい笑顔で言う。

私は自分で自分の顔が一瞬で上気するのを感じた。


「・・・あの。あの、先輩!」


「え?」


「あの、これからも・・・。これからも先輩にカップケーキ・・・とか、他のお菓子とか作ったりしても良いですか?先輩、バレーはもうやらないですか?先輩のこと、まだ応援したいです!」


「・・・。ありがとう。うん!オレも今野さんに応援して欲しい!オレ、大学進学する予定だけど、大学行ってもバレー続けるよ。もっともっと強くなりたいし。どこまで行けるかわかんないけど行けるとこまで行きたいと思ってる。」


「・・・すごい。ほんとに、すごいです!」


私はこれからも先輩がまだバレーを続けてくれること、まだ先輩を見ていられること、そして、応援したい気持ちを受け入れてもらえたことに感極まる。


「先輩たちはいつも力強く前に進んで行ってる。」


「ははは。そんなことないよ。いつもってわけじゃないよ。さっきも行ったけど、2年の奴らも本当は休んだ方がいいのにバレーの練習しちゃったこと考えるとバレーやらない方がよっぽどキツい、って感じだと思う。それにオレら・・・オレだって、今でも全然キツい。負けたこともだけど、もっとああできたかもこうできたかもって次々に浮かんでくるよ。でも、オレたちはさ、それでもやりたいだけなんだよな。バレーが。次々に浮かんでくるからこそ、次こそはってやっちゃうんだと思う。ははっ。」


そう言って笑った先輩の横顔は、やっぱり逞しく強い。


大会に出ると決めた以上、勝ち残るのは全国の中でたった1チームなのだ。

それ以外のチームはこのゲームに参加すると決めた時点でどこかで負けるのだ。


そして先輩たちは負けた。


たった1チームだけが全チームの、全員の悔しさを呑みこんでその勝利という至高の歓喜の瞬間を味わえる。


そして、それもまた一瞬なのだ。


勝ってもまた違う戦いが始まる。


もしそこでバレーを辞めると決めていたならばそれに関しては有終の美を飾れたと言えるかもしれない。


しかし、バレーが好きであればある程、続けたいと思えば思うほど、その闘いは終わらず、その一瞬のために沢山の悔しさを辛さを乗り越えて行かねばならない。


あの時あのアタックのコースを変えることができていれば、もっといいトスをあげられれば、もっと練習をしていれば、もっと違う視点で見ることができていれば。


先輩はいろいろ悔いたのかもしれない。


バレーとかスポーツじゃなくてもそれはいつもあることなのかもしれない。


私だって、あの時“決勝で“などと言わなければ。


言ったからって渡せばよかった。


いつだって悔やんだりへこんだりする。


挽回できたこともできなかったこともある。


悔しいままにしてきたものの中には、やれたことも沢山あったのかもしれない。


でも、私たちはそれをその瞬間選択したのだ。


そしてその選択をした自分を受け入れ、また次の選択をしていくのだ。


何をどう後悔しようとしまいと、その時の自分にとってはそれが最高で最上のできる選択だったのだ。


もし私が自分の引っ込み思案が嫌いでなければ、人の話を聞くのが好きではなかったかもしれない。


もし私が弱虫でなければ、りっちゃんとまなちゃんは私を部長に推薦しなかったかもしれない。


部長になっていなければ、あの驟雨によって足止めされなかったかもしれない。


そうしたら私は先輩と2人で話す機会を得られなかったかもしれない。


私が結菜の後ろについていくような性格でなければ、あの日体育館には行かなかったかもしれない。


体育館に行かなければ部長になってあの驟雨で先輩に出会ったとしても、先輩のことはただ雨の日に話をした先輩のままだったかもしれない。


自分の好きな自分も、自分の嫌いな自分も、全てで自分なのだ。


少なくとも今私は、先輩のことを好きになれた自分が好きだ。


もしかしたらこの先、先輩を好きになったことを後悔する日が来るのかもしれない。


そうだとしても構わない。


全ての自分が選んだ過去が今を連れて来る。


あの日あの時のかっこよかった自分が、あの日あの瞬間の情けなかった自分が、今を連れてきている。


そしてその全てが今の最大限で最上級の自分なのだ。


だから私は、これからも自分を100%好きにはなれなくても、時には100%自分を嫌いになってしまっても、すべての自分が持ってきた今に、出会いに感謝して誇りを持って大切にして行こうと思う。


       *             *             * 



私は大学の帰り、あの日の驟雨のような激しい通り雨に待ち合わせ場所から少しだけ移動した店先で雨宿りしながら待つ。


「莉花。」


聞き慣れた声が私を呼ぶ。


激しい驟雨で牧田先輩は傘があってもびしょ濡れになっていた。


「涼介くん、びしょ濡れじゃない。」


そう言って私が差し出したタオルを先輩はあの眩しい笑顔で受け取った。 



妄想列島

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