この驟雨に打たれて-1-
この激しい驟雨のような歓声の中、コートの真ん中に立つあなたは今までで一番輝いていた。
* * *
5月。
高校生活に少しは慣れてきた頃、親友の結菜に誘われて体育館へ行った。
そこで、1つのボールを夢中になって追うバレー部の中に先輩を見つけた。
* * *
「キャー!牧田センパーイ。」
女子の黄色い歓声を一手に引き受けていたのは3年生の牧田涼介先輩。
先輩は練習が始まる前までは、女の子たちの声援に手を振って応えていた。
答えられた女子生徒たちは、先程よりさらに大きい、ひっくり返りそうな程の高音で叫んでいる。
――すごい。人気なんだなー。
我が秋風高校バレーボール部は強豪で、全国大会常連校の大所帯だった。
その中でも牧田先輩はエース。その実力と華やかな顔と雰囲気で、いつも周りは女子でいっぱいだった。
そういう先輩がいるという噂を、私も今まで耳にしたことはあった。けれど、自分には関係のない世界の人だと、さして興味を持ってはいなかった。
私はいつも、自分の世界にこもりがちだった。友人を作るのも苦手で唯一の親友の結菜にも、それについていつも叱咤されていた。
この高校に入ることを決めた理由も中学から仲の良かった結菜が秋風高校に行くと聞き、もっと学力レベルの高い高校を目指せると両親や先生から言われても同じ学校に行くと言ったのだ。
高いレベルに挑戦することも結菜から離れることも怖かった。
高校1年では結菜とはクラスが離れてしまい、友達を作るのが大変だった。
2年に上がったときに結菜と同じクラスになれたときは本当に安心した。
そんな私のことを結菜はアチコチに連れていってくれる存在。時々強引で少し困ることもあるけれど、結菜と一緒なら大抵楽しいし安心だから私はいつでもついて行った。
だから1年生の5月に、この体育館へ「格好良い先輩がいるらしいから応援に行こう」と誘われたときも特に何も考えずついて行っただけだった。
体育館には小規模のスタンドがあり、そこから多くの女子生徒がバレー部の練習試合を見に来ていた。ほとんどの女子生徒は主に牧田先輩を応援しているらしかった。
私としては当時2年の、しかも運動部の、しかもバレー部の男子の先輩などは、背も高く恐ろしく、決して自分からは近づかない、むしろいたらなるべく避けて通るような存在だった。
そのバレー部の人たちが、たった1つのボールを追いかけ、受け、跳び、打っているその姿は、息が切れて苦しく、点を取られて悔しい最中も、一生懸命でひたむきで楽しげだった。私はそこから目を放すことができなくなっていた。
中でも牧田先輩は、多くの女子たちが悲鳴とも言える叫びを上げて応援するのが理解できるほど、見る者を惹きつけて放さなかった。
* * *
初めて練習試合を見に行ったあの日から1年以上、所属している料理部の活動がない日以外は、バレー部の練習を私はいつも見に行くようになっていた。他の女子たちに混ざりつつも目立たない、スタンドの隅の方で。
「莉花ぁ。今日もバレー部見に行くの?」
「・・・うん。」
私が小さな声で返事をすると、結菜は大声で笑い始めた。
「なっ、何!?」
急に笑われて少しムッとして私が聞くと、結菜は答えた。
「ごめんごめーん。だってー。莉花がそんなにハマるなんてほんとびっくりしちゃってさー。私、今日は付き合えないよ?」
「うん。大丈夫。ありがとう。」
「・・・いやー、莉花が1人でも校内をうろちょろする程ハマるなんて、あの日無理やり連れて行って良かったなー。」
結菜は腕組みをしてうんうんと頷いている。
「・・・。私だって、こんな毎日毎日見に行くほどハマるとは思わなかったよ。でも、本当に格好良かったから・・・。」
私が夢見がちに遠くを見ながら言うと、結菜は呆れた調子で言った。
「はいはーい。牧田先輩でしょ。・・・でも意外だなー。莉花は先輩みたいななんとなくチャラそうなタイプとか絶対好きになんなそうだったしー。」
「す、好きって言うわけじゃ・・・。ただのファンだよ。それに・・・まあ、先輩はみんなに人気だし、チャラいんじゃなくて愛想が良いだけじゃない?・・・知らないけど。でも、別にそんなことはいいの!バレーやってる姿が格好いいなって思ったんだから!」
私はムキになって結菜に対抗する。
「わかったわかった。ごめん。良いと思うよ。ってか嬉しいよ。莉花は積極的に人に関わろうとしないとこあるからさー。莉花にもちゃんとそういう感情あったんだって思って。」
「ど、どういう意味―?」
私はジトッと結菜を睨む。
「ははは!ホント、莉花は可愛いんだからー。・・・思い切って告白してみればー?もう1年ぐらい週3-4日通い詰めてんだしさー。案外、あのいつも来てる子、可愛いなーって、先輩も気になってたりするかもよー?莉花はその地味な眼鏡止めればすごい美人なんだからさー。・・・それに、このままだとまた何もないまま夏休みになっちゃうよ?」
「じ、地味な眼鏡って・・・。そ、それに、そんな告白なんて!・・・そんなんじゃないよ!それに、私のことなんて気付いてるわけないじゃん!超隅っこで誰にも気付かれないようにヒッソリコッソリ見てるんだから!」
「いや、絶対気付かれてないとこに自信を持ってどうすんの?それに気付いてないかどうかなんてわかんないじゃーん。」
「そ、そんな・・・。と、遠くから見てられればそれでいいって言うか・・・。わ、私なんか・・・」
だんだん声の勢いが小さくなっていった私に結菜がちょっと怒ったような口調で言う。
「あ!まーた言ってる!“私なんか”。ダメだって言ってるじゃん、その口癖。莉花にはいいところいっぱいあるんだから、私なんかって、思ったり言ったりするのやめなよー。」
「う、うん。・・・ごめん。わかってる。」
そう、私は自分に自信がなくて、すぐに自分を卑下してしまう。自分でもこれを直さなくてはと思っているけれど気付くといつもその思考に陥っている。
「でも、いいの。本当に。別に付き合いたいとか、話したいとかそういうんじゃないの。ただ、先輩やバレー部のみんなががんばってる姿を見ると、私もちょっとでも勉強や部活がんばろうって元気もらえるから、それでいいの。そのために見に行ってるようなもんなの。」
さらに小さくなりながら話している私を見た結菜は、フウっとため息を小さくついて言った。
「・・・まあ、わかるけどさー。ほんと、バレー部ががんばってるの格好いいよね!応援したくなる!」
「・・・うん。」
元気な笑顔で言う結菜を見て、私も少しだけ笑顔を取り戻して答えた。
* * *
偶然。
7月、その後も、夏休みの直前まで私はバレー部の練習をヒッソリと見に行っていた。
夏休みもバレー部はほとんど毎日部活があるようだった。私は夏休み中、料理部の活動がある日だけ、コッソリと見に行くことにした。今日も見に行く予定だ。
「部長、さようならー。」
「うん。さようなら。気をつけて帰ってね。」
私は、後輩に挨拶を返すと顧問の先生と話をするために職員室へ向かった。
夏休み前に料理部の3年生が部活を引退して、次期部長を決める際、3人しかいない2年生の私たちは話し合いで部長と副部長を決めた。
同じ料理部2年のりっちゃんとまなちゃんは、私の数少ない大切な友人だ。
その2人から「部長は絶対莉花!」と強く言われていた。
でも、私は初め断るつもりでいた。
――部長なんて私なんかににできるはずがない。
そう思っていた。
でも、牧田先輩やバレー部のみんなは、あんなに汗だくになって毎日ものすごい強烈なレシーブを受け取って、サーブを打って、どうしてそんなに動けるのかと思うほど限界まで毎日走り続けている。
そんなバレー部の姿をほぼ毎日見て、その練習を思い出したとき、私も何かやらなければと思った。
少なくとも大切な友人の2人が「絶対私」と言ってくれているのに断るのは、大切な友人たちに失礼な気もした。
だから、私にしてはものすごくがんばって「部長をやります」と言った。
言ったら2人は手を叩いて喜んでくれたし、結菜にも報告するととても喜んで応援すると言ってくれた。
私はとても幸せ者だと改めて実感した。
結菜はダンス部で部長をしている。
高校に入った当初は結菜と同じ部活に入ろうかととても悩んだけど、運動が苦手な私がダンス部は絶対無理だと思ったし、料理だけは昔から好きだった。結菜にも「せっかく料理部があるし、莉花の作ったお菓子食べたい」と言ってもらい、ドキドキしながら入部届を出しに行ったことがまるで昨日のことのようだ。
部長としてはまだまだ始まったばかりで、部長と呼ばれることもまだ慣れていない。前部長のようにしっかりした部長になれるとは到底思えないけど、この任された仕事を精一杯やってみようと思っていた。
* * *
顧問の先生との話を終え昇降口に来ると、外はものすごい勢いで雨が降っていた。折りたたみ傘は持っているけど、傘を持っていても太刀打ちできそうにないぐらいの勢いだった。
靴に履き替えポーチで様子を窺っていると、屋根のあるポーチに後ろから駆け込んでくる人がいた。
「うわー!雨ちょーやべー!」
驟雨に打たれズブ濡れになった男子生徒を視認して、私はその場に固まった。
駆け込んできたのは部活の練習着を着た牧田先輩だった。
私が驚いて見ていると、視線に気付いた牧田先輩が言った。
「雨やばいね。めっちゃ濡れちゃったよ。」
――わ、私に話しかけてる!?
思わずキョロキョロと辺りを見回しても、私以外に人はいない。
「ははっ。」
先輩に笑われて私は少しうろたえる。
「あ、ごめんね。いや、急に話しかけられてビビったよね。・・・2年生?」
うちの高校は、女子はセーラー服。タイの色が学年毎に違う。
「・・・あ、はい。そうです。」
私は顔が赤くなっていないことを祈りながらなんとか答える。
「何さん?」
先輩は下を向いている私の顔を覗き込みながら聞く。
「あ、えっと・・・今野です。」
このものすごい勢いの驟雨にかき消されてしまっているのではないかというほど小さな声しか出ない。
「え?」
先輩は、やはり聞こえなかったらしく耳を私に向けて1歩近付いてくる。私の鼓動は高鳴り、手は震えだしていた。
私は、今度は大きな声を出さねばと思い切って言う。
「今野です!」
今度は予想外に大きな声がでた。
先輩が驚いてこちらを見ている。
――終わった。
絶対に真っ赤になっている私の顔を見て、先輩は堪えきれずという感じで笑い出した。
「ははははは!・・・・いや、ごめん。・・・・馬鹿にしてるとかじゃないから。可愛くって。今野さんかー。オレ、牧田。」
先輩は笑いながら言う。
――か、可愛いって言った!?普通こんなことっさらっと言える!?リア充ってそういうもん!?
先輩に笑われ恥ずかしさで涙目になりながらも、そう言って笑っている先輩の髪からポタポタと雫が垂れていることに私はようやく気付いた。
鞄に入っているはずの使っていないタオルをガサガサと探す。
「あの、これ、使ってないんで良かったら使ってください。」
そう言って先輩にタオルを突き出した私は、自分の手が震えていることに気付く。
――うわ!手が震えてる!・・・先輩、気付いたかな?
先輩の顔をチラリと盗み見ると、先輩は差し出された手を凝視している。
――めっっっちゃガッツリ見てる!当たり前だよね!自分で差し出したんだから!・・・うう、恥ずかしい!て言うか、今気付いたけど急にタオル知らない人から渡されるとか怖いかな?余計なお世話?やばい!・・・やっちゃった!?
そんなことを思っていると先輩は差し出されたタオルを受け取り言った。
「マジで?いいの?ありがとう!」
そう言った先輩はまるで少女漫画に出てくる人のように眩しい笑顔だった。
私は、先輩が私の渡したタオルで頭や顔を拭く姿にしばらくボーッと見惚れていた。
――せ!先輩が!牧田先輩が私のタオルを使っている!あ、頭を!顔を拭いているーーーーー!!!!!!
心の声が口から出そうになるのを必死で堪えていると先輩がポーチの先へ雨の様子を見に行きながら言った。
「しかしすごい雨だよねー。これなかなか止まないのかなー?・・・今野さんは?傘持ってないの?」
――傘・・・。持ってる・・・。けど。
「・・・も、持ってないです。」
――持ってる。けど、まだ、先輩といたい・・・。
「あー、そりゃ帰れないよねー。」
「は、はい。」
「オレは部活の途中なんだよね。ちょっとケガして保健室行って来たんだけど、早く戻んないと山ちゃんにめっちゃ怒られちゃうなー。」
――あ、そうだ。バレー部は今日もまだ練習なんだ。
私は、いつか先輩に言えたらと思っていたことがあることを思いだした。
――い、言うなら今しかないよね。もう2度と先輩とこんな風に話すチャンスなんかないんだから!でも、急に言ったら変かな?・・・で、でも!
「あ、あの・・・。あの!」
心臓が痛い。
はち切れそう。
心臓ってこんなに脈打って大丈夫なんだっけ。
手も震えてる。
「部、部活がんばってください!応援してます!」
私は心臓が爆発するかもしれないというぐらいドキドキしながら言った。
――俯いてたし、聞こえてないかも。声も震えてた。震えてるの先輩に気付かれたかな。
また恐る恐る先輩の顔を見ると、先輩はまたあの眩しすぎる笑顔で言った。
「ありがとう!」
「は、はい。」
「今野さんは?今日部活?」
先輩は、私の心臓が今にも口から飛び出しそうになっているとは全く気付いていないような様子で聞いてくる。
「あ、そうです。」
「何部なの?ちなみにオレ、バレー部。」
「あ、はい。知ってます。」
――と言うか、毎日見に行ってます。
「・・・え?あ、そうだよね。この格好、バレー部って感じだよね。」
先輩は部活の練習着や膝に巻いたサポーターを見せつけるようにしながら言った。練習着の左胸には「秋風高校排球部」と円形に刺繍がされている。
「えっと・・・あの、・・・はい。」
先輩の顔を見る事ができず、下を向いたまま答えた。
「今野さんは何部なの?」
「えっと、料理部です。」
「え!?料理部なんてあんだ!?え!?作ったら食べれるやつ?」
「あ、はい。最後にみんなで食べます。」
「えー。いーなー。女子が作ったカップケーキ食べたいわー。」
そう言った先輩がなんだか可笑しくて私はクスッと笑ってしまう。
それを見た先輩はちょっと意外そうな顔をした。私は慌てて言う。
「あ!すいません。・・・ふふ。なんか可笑しくて。なんでカップケーキなんだろって。」
「・・・あ、そういうこと。いや、なんか漫画とかであるじゃん?家庭科室で作ったカップケーキあげる的な。」
先輩の顔がなんとなく顔が赤く見える。
「ふふふ。ありますっけ?」
その時、先輩越しに見える空が少し明るくなった。
「・・・あ、あのさ・・・」
「・・・あ、雨、止んできましたね!」
私と先輩は同時に口を開いていた。
――・・・しまったー!今、先輩何か言いかけたよね?しまったー!遮ってしまったー!な、なんて言ったんだろ?
「あ・・・今・・・。」
「あ!ホントだ!やっと部活戻れるー!」
今度は私が言いかけた言葉に先輩は気付かず、そのまま小雨が降る中、先輩は体育館の方へ走り出しながら言った。
「じゃあね今野さん!」
「あ、はい!」
――せ、先輩と!牧田先輩と話してしまった!
今更ながら心臓がまた痛いほど跳ね上がってくる。
私は先輩が駆けていった方に再び目をやる。
あれほどまで激しかった驟雨は一瞬のうちに通り過ぎ、先程までのうだるような暑さを少しだけ和らげていた。太陽が地面を照らし、きらきらと輝いている。
――今日は、応援に行けそうもない。
私は熱くなりすぎている頭と顔をクールダウンさせようと、太陽が顔を出しているにも関わらず名残惜しく降り続いているほんの少しの雨に打たれながら家へと向かった。
* * *
「おい!牧田―!おまえめっちゃ遅いゾー!」
「ごめん山ちゃん。」
莉花と別れ体育館へ戻った牧田は、いつものようにバレー部主将の山下から喝を入れられる。
「・・・てか何おまえ。そのくまちゃんタオル。」
山下は、牧田が首から垂らしている、およそ牧田には似合わないタオルを見て言う。
「・・・え!?あっ!やべ!返し忘れた!」
「はあ?」
「さっき女子が貸してくれた。」
「はあ!?おまえ、またモテてたのかよー!」
「ちげーよ!そんなんじゃねーし。」
「おまえ、このやろー。」
いつものように女子にモテる牧田に、からかい半分嫉妬半分で絡んでくる山下をかわしながら牧田は呟いていた。
「・・・カップケーキくれないかな。」
「・・・ん?何だって?」
「・・・なんでもねー!練習しようぜー。」
「おう!」
* * *
つづく
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